2020年12月2日水曜日

令和2年四国歩き遍路(逆打ち)回想録 1日目

1日目 9月28日(月) 晴れ

(自宅より卯之町駅まで)
南宮崎駅(5:55)-(ソニックにちりん)-臼杵駅(8:34)-(タクシー)-臼杵港(8:50)-(フェリー)-八幡浜港(11:10)-(徒歩)-八幡浜駅(12:26)-JR-卯之町駅(12:48)

(遍路開始)
卯之町駅(12:48)-43明石寺(13:33)-歯長東屋(15:26)-歯長峠(16:29)-42佛木寺(17:40)

歩行距離16km、歩行数23600歩、累積歩行距離16km、累積歩数23600歩



 1日目の日程でまず悩ましかったのは、始発の南宮崎駅(5:55)から臼杵駅(8:34)への列車と臼杵港(8:50発)のフェリーの接続に16分しか余裕がなく、タクシーを利用しても乗船手続き等に間に合うかどうかでした。間に合わない場合は、2時間45分後(11:35発)のフェリーとなりますので1日目の日程が大きく影響されます。
 幸いなことに、臼杵駅前にタクシーが止まっており、1.4km先の臼杵港まで5分程で運んでいただきました。また、乗船手続きは予めネットよりダウンしていた用紙に書き込んでいましたので5分程度の余裕を持ってフェリーに乗船することができ幸先の良いスタートとなりました。

 コロナ禍の影響でしょうか、フェリーの広々とした2等客室のフロアーに、ほとんど乗船客を確認することができませんでした。朝早かった私は、ワンフロアーを一人締めし、八幡浜港までゆっくりと仮眠することができました。

 八幡浜港で四国に降り立った直後より菅笠を着用し八幡駅へ徒歩で向かいましたが、遍路道より離れている八幡浜では少々奇異な格好のようで人々からの視線がかなり気になったのを覚えています。

 卯之町駅から、GPSウォッチをスタートさせ歩行記録を開始しました。いよいよお遍路への出発です。

 まず、卯之町町並み保存地区を通り、逆打ちで43明石寺へに向かうことになりますが、初っ端から迷ってしまいます。札所は有名だから随所に案内看板があるものだと高をくくったことがことが大間違いでした。

 今回の遍路を終えてわかったことは、順打ち歩き遍路用の案内は数多くあるものの、逆打ち歩き遍路用の案内は非常に少ないということです。また、自動車用の大きな看板に従って進むと、とんでもない場所に突き当たり、多くの距離を歩く事態を招くことになりかねない場合が少なくありません。

 今回、歩き遍路道のGPS情報を予めスマホに設定し、これを頼りに歩みましたが、現在地と前進方向表示の精度と遅延に悩まされました。

 スマホを見ながら、どうもコースロストしたなと思って今来た道を戻り、本来のコースらしき道を探し当ててみると、どうもその道の先は、かなりの急勾配の登りで、薄暗い山道に向かっているのです ・・・ 。 

 遍路を終えた今だから、お寺の多くは山に建立されており、逆打ち遍路道は、お寺の裏門や裏山に繋がっているトレイル状の道が多いことが理解できます。しかし、初めてのお遍路です。有名なお寺に行くのに、こんな道を進むことがあるのだろうかという固定観念にとらわれ、かなり躊躇しました。
 幸いなことに、途中に明石寺への案内板がありましたので自信を持って歩くことができましたが、もしなかったら途中で引き返したかもしれません。

 13時33分、43明石寺に到着し、本堂、大師堂に、ロウソク、線香をお供えし、納札、賽銭を納め、お勤めをすることができました。
 40日目に再び無事に発心寺43明石寺に戻って来ることができるように真剣にお願いし、お勤めをさせていただきました。

 納経所で御朱印をいただき、見当たらなかった「しあわせ観音像」の所在をお伺いしたところ、ちょと離れたところでしたが、早速お参りに行きました。

 43明石寺を打ち終え、県道29号線沿いに42仏木寺を目指しました。
 途中、土木工事のおじさんに声をかけられ、オレンジジュースのお接待をいただきました。初めてのお接待にビックリしましたが、四国では本当にこんなことがあるのだと思いました。合掌。

 道は何時しか市街地を抜け、山間へと進みだし、肱川を直角に右に曲がった橋のたもとに東屋が見えてきました。15時26分に歯長東屋に到着しました。この後、歯長峠を越えてゆくので少々休憩させていただきました。

 歯長東屋から歯長峠まではくねくねと右に大きく曲がった県道31号線が繋がっていますが、四国の道を通るとほぼ真っ直ぐにショートカットすることができます。



 四国の道に平行して昔からの遍路道もあるようですが、かなり以前より崖崩れ等が発生し危険であり現在通行止めとのことでした。ですので、ショートカットできる四国の道を選択しましたが、この道も台風の影響でしょうか多くの木々が倒れ道を塞ぎ、とんでもなくデインジャランスな状態になっていました。

 途中引き返すことも考えましたが、この四国の道は案内板が正しければ900m位しかなく、すでに100mは上っている。県道31号線を利用すると3km以上にもなるし、今登ってきた分下らなくてはならない。引き返しの判断を先延ばしにし進むことにしました。
 道を塞いだ木々を潜り、乗り越え、肩で息をしながら16時29分、幸運にも無事に歯長峠の東屋に到着しました。

 出発時に列車とフェリーの接続がうまくゆかず遅いフェリーになったときには、歯長峠への到着が19時前後になります。よって、この東屋での宿泊も考えていましたが、見ての通りトイレや水の確保が難しいので、この時刻に歯長峠に到着できてラッキーでした。
 奥に見えるトンネルを通って、42仏木寺まで4.5kmくらいです。

 歯長峠から42仏木寺までは、先ほどのトンネルを通り、くねくねと右に大きく曲がった県道31号線を選択しました。



 高速道路に平行している昔からの遍路道もありますが、ここも崖崩れ等で危険であり以前より通行禁止になっているようです。それを示すように遍路道への入り口には通行禁止の表示板がありました。

 県道31号線を右に左に下り降り、17時40分に42仏木寺門前の東屋に到着しました。
 (白衣、菅笠にマスクをして、後ろにリュックを担ぎ、前には巡拝山谷袋、横にはショッピングバックをぶら下げ、夜間およびトンネル通過時の安全対策として足首に反射テープを巻き付けてバックミラーに映っているのは私の写真です。)

 テント設営をし、汗でびっしょりになった衣類をトイレで洗濯させていただきました。
 近くに食堂やコンビニがあるわけでもなく、この日の夕食はおにぎりとインスタントラーメンです。

 テントに入ってからは、足腰のストレッチを行いながら、スマホ等の充電、歩行記録やfacebook等のアップデート、明日の日程等の確認を行い早寝早起きに努めました。

 

 

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2020年12月1日火曜日

令和2年四国歩き遍路(逆打ち)回想録 総括

 退職して時間に余裕ができたらいくつか挑戦してみたいと思っていたことの一つは、四国霊場巡礼です。折しも令和2年は閏年で逆打ちは功徳が三倍になるとのことで期待も高まりました。そこで、令和元年より白衣、菅笠、納経帳等のお遍路用品及びシュラフ、テント、リュック等の行動装備品を少しずつ取り寄せ、河川敷で試し歩きと装備品のチェックをするなど準備を進めてきました。そして、令和2年5月の出発を予定しましたが、コロナ感染拡大で各札所の納経所が閉鎖されるなどし、断念せざるを得なくなりました。

 夏を過ぎコロナ感染拡大が下火になり、秋の台風シーズンも終わりを向かえ、このタイミングしかないと思い、令和2年9月28日より39泊40日の予定で四国に旅立ちました。5月出発の案では、宮崎よりフェリーで神戸、さらに高速バスで四国に渡り88番札所より逆打ちの予定でしたが、都会や乗り物での三密を少しでも避けるために、大分県臼杵よりフェリーで愛媛県八幡浜へ渡り43番明石寺より歩き遍路で逆打ちすることにしました。


 会う人会う人に、「お遍路は初めてです。逆打ちです。不測の事態が起きない限り通し打ち(一度で全行程を巡ること)するつもりです。宿泊は主にテント泊や通夜堂を考えています。」と伝えると、「それは大変だ!!」、「お気をつけて!!」、中には「最悪のパターンだね。」とも言われました。しかし、お大師様の御心と四国の皆様の温かな見守りと支援、ネットの皆様のご声援に助けられ無事結願できた事を感謝しています。

 令和2年11月17日に高野山への御礼参りも実現し、御影の軸装、御詠歌札(空海が醍醐天皇より弘法大師号を授かって1100年を記念して各札所の御詠歌が印字されている札)の額装もDIYでそれなりに完成させ、遅ればせながらGPSデータ、写真、行程表等の整理が一段落つきましたので、まずは総括し、記憶が薄らぐ前に四国遍路の日々を回想し、少しずつ書きとめてみたいと思います。

御影の軸装(DIY)

御詠歌札の額装(DIY)

 

総括(遍路を終えての反省点や気づいたことを思いつくままに)

  • 数値的な成果は、およそ6kgの減量です。帰宅直後のオムロンの体重計での体年齢は、実年齢を25歳も若返り39歳表示となりウハァッウハァッでした。今は、リバンドしなければ良いがと願うばかりです。
  • 精神的な成果は、遍路中は常に同行二人のお大師様に救われ、遍路終了後も面倒な事があろうと『どうにかなるだろう!』という根拠のない楽観主義で気楽に過ごせているというところかな。
  • 一番心配したぎっくり腰は、ミレーのリュックのウエストベルトがしっかりガードしてくれた。また、就寝時、起床時に足腰のストレッチを十分に行ったことが幸いしたと思う。
  • 遍路期間中の禁酒作戦は健康を保つ上で良かった。(ちょっとだけなら良いかも)
  • 胃腸に自信がないので、ちょっと寂しいが御当地グルメを避け、常におにぎりを3つ確保しておく「おにぎり3つ作戦」にしたのは大正解であった。(途中から、薄皮あんパンや薄皮クリームパンも疲労回復に結構いいなと思いました。)
  • 期間中、おにぎりや麦茶のコンビニクーポンが貯まり結構な恩恵を受けた。
  • おにぎりが主食になるので、朝夕の卵や野菜の入ったインスタントラーメンは、ご馳走であった。とくに、お店がほとんど見当たらない地域では必須のように感じられた。
  • その反面、食材、鍋を含めた火気一式の重量や使い終えたガスボンベの始末(結局、自宅に郵送した。)に難儀した。
  • コロナ禍を反映して多くの公園や公共施設のゴミ箱が撤去・閉鎖され、ゴミはコンビニかホテルで処分するしかなかったことも辛かった。
  • ゴミで思い出したことは、自然が豊かで美しい四国の山々や河川に信じられないぐらいのゴミが散乱・放置されおりとても残念であった。
  • 逆打ちは案内表示が非常に少ないので、まずは順打ちで遍路道を習熟した後にすべきであると思った。
  • 88大窪寺後ろの女体山の逆打ちは、危なかっしくてお勧めできない。特に高所恐怖症の人はやめた方が良いと思います。
  • コロナ禍で、予定していた通夜堂や善根宿が閉鎖されて残念であったが、逆にGo Toトラベルキャンペーンでホテルを安く利用できた。
  • 使用しなかった装備はレインウェア。考えたらレインウェアを着なくてはならないような雨の日は宿泊し出歩かなかったし、小雨の時は、暑苦しいレインウェアではなく折りたたみ傘を利用した。
  • 自立型のダブルウォールのテントを利用したので設営が楽で居住性が良かった。しかし、東屋や休憩所によっては内部の広さや固定テーブル等が邪魔でテント設営できない場所もあった。また、テント装備だけで2kg弱の重量を背負うことになった。
  • スマホ、GPSウォッチ等の充電のため余裕を持って2セットのモバイルバッテリーと充電機器類を用意したが、今回は宿泊施設に恵まれ1セット分で十分であった。これも、2セットで2kg程度の重量を背負うことになった。
  • スキンメッシュソックス5本指に中厚手メリノスピンソックスの二重履きは、足に優しかった。しかし、毎日の洗濯と乾燥に難があった。
  • セームタオルは、汗を拭く、体を拭く、テントの露を拭き取る、洗濯物から水分を吸い取るなど大活躍であった。
  • ドライレイヤーベーシックTは、汗かきの自分にとって肌をドライにキープしてくれ快適であった。
  • 当初5月予定で夏用のシュラフだったので、11月に入っての夜は寒かった。
  • 40日間にもなると手足の爪が伸びた。後半爪切りが欲しかった。
  • 40日間にもなると髪も髭も伸びた。髭は剃った方が良いと思った。髭剃り必要。

 

 

 

 

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