平成26年6月7日(土)、第24回阿蘇カルデラスーパーマラソン大会100kmの部に参加してきました。
以前から参加してみたいと思っていた憧れの大会です。
しかし、仕事の都合で、なかなか申し込む機会に恵まれませんでした。
今期の期日は都合が許すものですから、自分の実力にとってコース及び関門設定がタイトであることは十分承知していますが、少々背伸びをしての参加となりました。
前日に、ゴール地点でもあり、前日の受付会場である阿蘇市総合センター内の特設会場に着き、受付を済ませました。
当然、今回も車中泊です。遠くに阿蘇の外輪山が見えています!!
前日、仮眠する前に、テーピングをし、ほぼウェアを着込み、準備万端で睡眠を試みるも、高鳴る期待と不安で深夜2時前には起床し、本ゴール会場から、3時半より、スタート地点に向かうバスが早めに来ることを期待して待つことにしました。(~o~)
予定では3時半出発のバスは、3時前に到着し、ジャスト3時には1台目が出発しました。ですから、深夜1時間近くのバス待ちをしてしまいました。
バスの乗車券は、事前に申し込んでおくと1,000円、当日券は1,500円です。
乗車券を無くしそうでしたので、当日券を購入することにしました。
バス停に1時間前から待機し、やってきたバスの乗降順は一番であったにもかかわらず、当日券を発行する場所がバスから、わずかに離れているところにあったため、当日券を購入するために乗降列を離れ無ければなりませんでした。(T_T)
でも、予定出発時刻30分前でしたので、集まった選手もさほど多くなく、1台目のバスにめでたく乗車できました!(^^)!
バスに30分程度揺られて、3時半前には、100kmの部のスタート地点である南阿蘇村総合福祉温泉センター「ウィナス」に到着しました。
屋内競技場には、続々と選手が集まってきます。
当日の受付は、ここスタート会場である南阿蘇村総合福祉温泉センター「ウィナス」で行われます。
本大会の魅力のひとつでもあるスペシャルドリンクの受付もなされていました。
せっかくですので、60kmと80kmに、栄養ドリンクを預けてみました。
スタートエイドでは、ドリンク、バナナ、オレンジ、レモン、パン、梅干し、あめ等が並べられていました。
朝食を摂っていないので、バナナやパンをもりもりいただきました。ごちそうさまでした。
うどん、おにぎり、豚汁があると更に良いのではと思ったところでした。
どこでも同じ風景ですが、やはりトイレも順番待ちです。
エアーサロンパス、セイロガン、ワセリン、バンドエイド類が置いてありました。
スタートゲートに選手が集まってきました。
気になる天候ですが、日中は曇り、夕方近くに一雨来そうな雰囲気です。また、最低気温14度、最高気温25度の予報です。
日中、日差しが強くなり、気温及び湿度が上昇し、熱中症対策が必要な雰囲気ではあります。
この大会、梅雨時期に開催されますので、雨対策が必要です。さらに、標高900m地帯を走行するため寒さ対策も必要です。
今回天気予報から、まず雨は降らないであろう。降っても夕方からであろう。ということで、なるべく携行品を軽くするために、雨対策及び寒さ対策として穴を開けたビニル袋2枚とライトウィンドブレーカーを携帯することにしました。
また、給水所が、2.5km毎に、エイドが5km毎にあり、スペシャルドリンクが10km毎に設定できるため、携行品を軽くするために、ドリンクやパワージェル等は携行しないことにしました。
口にするものは、熱中症対策としてのお気に入りの塩飴だけでした。
5時00分の号砲とともに、100kmの部の1100名余りの選手が一斉にスタートしました。
遠くの外輪山に向かって、スタート直後は、アップダウンがあったものの、ほぼフラットなコースを進んで行きます。
先頭付近に並んでいたので、気がついたときにはキロ5~6分で走っていました。
私にとっては、かなりのオーバーペースですが、今後の登りのための貯金と周囲につられて速度を落とすことができないまま進んでしまいました。
10kmのエイドで、素麺をいただきました。
最高においしかったです。
というより、ガス欠状態で、ここに留まって、4,5杯おかわりをしていきたい雰囲気でした。
15kmの表示です。
10kmを過ぎた地点から、両足の”外踏まず”部分が何時もにもまして痛くなってきました。
オーバーペースの性かな? テーピングの性かな? もう少し走れば気も紛れ気持ちよくなるだろうなどと考えて走りましたが、ペースはずるずると落ちていきました。
いよいよ、22km過ぎからの急激な登りがやってきました。
両足の”外踏まず”部分は相変わらず痛く、更に気温も上昇し、やたら汗が流れ出し、手のひらがパンパンになるなど熱中症の初期症状も現れ出しました。
この急激な坂の終わりは、まだ遙か上のようです。
歩くどころか、時折立ち止まり、背中で大きく息をする始末です。
両足の”外踏まず”部分は相変わらず痛く、リタイヤを考えてしまいました。
峠を越えた後は、降りに身を任せ、何とか29.5kmの関門を13分前に通過しました。
この時点で、降りしか走れない状態になっていました。
”外踏まず”部分の痛みには、エイドで水をかけてごまかしました。
39.0kmの関門2kmぐらい前から、係員さんに関門の時刻が近づいていること告げられます。
完走メダルを頭に浮かべながら、とにかく走れる降りを基調に進んで行きました。
何とか39.0kmの関門を3分前に通過しました。
係員さんから、「おめでとう!!これで50kmまで関門はありません。」と告げられました。
ほっと、するのと同時に、何となく変な気持ちになりました。50kmまでは関門はないけど、その後は?
携帯のメモ帳に関門情報をメモっていたので、覗いてみると、50.8kmが次の関門なのです。
確かに50kmまでは関門はないが、だらだら進んでいると50.8kmの関門直前でアウトになってしまいます
給水所と距離掲示をみるたびに、頭の中で計算します。今、キロ6分程度で走れば、次の関門も通過できるぞ。
かけた水で、テーピングがほぐれて”外踏まず”部分の痛みは、和らいできたものの、ガス欠と熱中症状態は更にひどくなってきています。
両腕は何故か硬直気味で、手のひらがパンパンになり、中指と薬指が両手とも攣ってきます。ターミネーター最後のように、視野が狭くなり、今にもモニターが消えそうな雰囲気です。
それでも、アップダウンが続くコース、降りだけは、縺れそうな足を何とか制御して走りました。もう、”外踏まず”部分の痛みを、感じることもできなくなっていたようです。
50km地点を11時43分通過、50.8kmの関門まで後残り2分です。
50.8kmの関門に、5分届きませんでした。
胸のゼッケンと足に着けていたタグ2枚を回収されました。
人生2度目の収容車です。
あと一回は、「第6回九州脊梁山脈トレイルランin山都町」でのリタイヤです。
収容バスで、ゴール会場に戻ると、女子高校生のボランティアさんから、「お疲れ様でした!」と冷たいドリンクを渡されました。
また、ゴールエイドでは、バナナ、オレンジ、イチゴ、キュウリの塩漬け・・・等を一足先にいただくことができました。
温かいお心遣いありがとうございました。
トップランナーたちがフィニッシュしています。
ここを、通り抜けたかったですね。
そして、完走メダルを、女子高校生のボランティアさんから、首にかけてもらえるのです。
完走メダルほしかったね。残念。
大会誌に、写真のような各種引換券が着いています。
早速、近くの温泉で汗を流すことにしました。
お弁当、豚汁、お汁粉、ドリンク × 2 を引き替えてきました。
受付時にいただいたゴール地点に預ける荷物を入れるバックです。
中間地点に預ける色違いのバックもいただきました。
後々使えそうです。
参加賞の馬油クリームと和潤精のセットです。
試供品のカロリーメイトです。
ドリンクです。
参加賞のTシャツ(表)です。
参加賞のTシャツ(裏)です。
本日のワークアウト 第24回阿蘇カルデラスーパーマラソン大会100kmの部 走行距離 50.8kmでの関門アウト 走行時間 6時間50分 でした。
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◎ 反 省
本大会に参加するにあたり、多くの先輩方のブログを閲覧し、アップダウンが異常に激しいことと、給水所が2.5km毎に、エイドが5km毎にあり、スペシャルドリンクが10km毎に設定できることを学んだ。
そこで、アップダウンに伴う体力消耗を押さえるために、ドリンクやパワージェル等の携行品を極力減らす作戦を立てた。しかし、そのことにより水分及び塩分補給がうまく行かず、軽い熱中症に陥った。またガス欠状態にもなった。
また、最長でも13時間半の競技、中間地点に着替えを置く必要はないと考えた。着替えを置く必要は無いが、代わりにパワージェル等をセッティングしておくのもひとつの手とみた。
エイドが充実していそうなので、朝食を考えていなかったが、結果的にガス欠を起こしてしまった。このことが、熱中症を誘発した可能性も大である。
よって次回は、しっかり食べて大会に臨みたい。
アップダウンの激しいコースではあるが、走り急ぎをしなければ、走れないコースでもないように感じた。
自分のペースで走れば、もっと楽しく走れたかもしれない。と思う。
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◎ 今後の覚え書き
・持久力対策1 3時間以上のLSDを月に2回は取り入れる。
・持久力対策2 35km以上のどか走りを月に1回は取り入れる。
・持久力対策3 坂道トレーニングを週1回は取り入れる。
・ガス欠対策1 宮原SAで仮眠し、同SAで2時頃食事を摂って会場に向かう。
・ガス欠対策2 パワーゼリー等を持参する。
・ガス欠対策3 パワーゼリー等をスペシャルドリンクとして預ける。
・熱中症対策1 炎熱サプリ等を携行する。
・熱中症対策2 ボトルポーチを準備し水分補給をエイドだけに頼らないようにする。
・熱中症対策3 炎熱サプリ等をスペシャルドリンクとして預ける。
・テーピング 事前に試したテーピングを行う。
・医薬品 痛み止め、痙攣止めを携行する。
・GPSの設定 距離、時間、ペース、平均ペース、スピードなど基本的項目は省かない。
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次年度、大会に参加できるのであれば、まず後半のコース50kmの部に出場してみたい。
その後に、リベンジとして再度100km部にぜひ参加し、完走メダルをいただきたい。
2014年6月9日月曜日
2014年5月28日水曜日
2014長崎橘湾岸スーパーマラニック春のL173(ゴール写真)
橘湾岸スーパーマラニック273のWebページに、先日の大会のゴール写真が掲載されましたので、早速ダウンロードさせていただきました。
30時間以上一睡もせずに173km走った後なので、顔をよく見ると疲れ果てしわがれてはいるものの、笑顔でゴールできていることに自分でもビックリ!!
2014年5月19日月曜日
2014長崎橘湾岸スーパーマラニック春のL173(完走記8)
次は、飯盛峠香田チェックポイント6(138.8km)から、千々石集会場チェックポイント7(163.7km)までの24.9kmです。
途中、飯盛経塚エイド19(146.0km)、有喜老人ホーム裏エイド20(150.0km)、唐比温泉エイド21(157.0km)の3つのエイドがあります。 標高150mの飯盛峠香田チェックポイント6(138.8km)を一気に駆け降り、再度、だらだらと標高150mのじゃがいも畑の丘を登って行きます。
これが、あの有名なじゃがいも畑か?!と、初めて目にする風景を楽しみなが進むことができました。
脚がしっかりしていれば、ここを走ると気持ちが良いのだろうなと思いながら、ぼろぼろになった脚をトレランポールで支えながら登って行きました。 この下り坂を終えるとじゃがいも畑ともお別れです。
坂の下に、飯盛経塚エイド19(146.0km)が在りました。
杏仁豆腐をいただきました。
このタイミングの杏仁豆腐は、なんて素晴らしいんだろう!!と思えるようなとても言葉では言い尽くせないような甘みと香りが口いっぱいに広がりました。 この時点で、萩往還の140kmを抜き、これまでの人生で一番長い距離を走ったことになりました。 だらだらと坂道を降って行きます。
それも、裏道ばかりのようです。
それでも、降りは頑張って、走ってみました。 有喜老人ホーム裏エイド20(150.0km)では、長崎風中華ちまきが用意されているようでしたが、このエイドではじめて食欲を感じなくなりました。
疲労がピークに達したのでしょう。また、雨があがり、曇り空もいつの間にかギラギラとした太陽をのぞかせています。
飲み物だけをいただいて、出発しようとすると、カステラ巻を持って行きなさいと渡されました。
お礼を言って、カステラ巻をポケットに押し込んで出発するのですが、この小さなカステラ巻が後々非常食として役立つのでした。
次は、唐比温泉エイド21(157.0km)までの7kmです。 まず、標高110mばかりの丘を登って(また登りです。降りたら登る。この大会の鉄則ですね!!)、林の中の急峻な坂道を降ることになるのですが、とうとう脚がストライキを起こし始めました。
脚が痛くて、前を向いて坂道を降りることができないのです。
後ろ向きで歩いたり、横向きで進んだりと、あの手この手じゃなく、あの脚この脚で、騙し騙し、降って行きました。
もう、平地を走るときでさえ、一大決心をしながら、100歩走って、50歩歩いて・・・などと、数を数えながらでないと脚が動きません。
そんな、こんなで、やっとの思いで、唐比温泉エイド21(157.0km)に到着しました。
ここでは、義務感にも似た思いで素麺を流し込みました。
ゴールまで残り、16.3kmです。
千々石集会場チェックポイント7(163.7km)までは、6.7kmです。
千々石集会場チェックポイント7まで行くと、後は関門フリーとなります。 海岸沿いの平坦な道を走行します。旧雲仙軽便鉄道の廃路跡だそうです。
この頃は、100歩走って、50歩歩いて・・・を繰り返すばかりでした。
それでも、遠くに見えていた千々石の浜が次第に近くなり、後2kmぐらいとなったときでしょうか、一人の選手が廃材に座り込み電話をしています。
「千々石集会場まで、もう少しなんだけれど、脚が動かない。リタイヤします。応援を請う。」とのことでした。
まだ、時刻は11時前です。当然、本部は、千々石集会場まで行けば、後は関門フリーだし、残りの距離も12kmそこそこ。足を引きずりながらでも、17時には、ゴールできそうですので、頑張るように伝えてはいたようですが、脚が動かないとのことで、リタイヤを決めたようです。
そうだよな、たとえ後1kmであろうとも、脚が動かなくなったら、どうしようもないよね。
改めて、いかに最後まで動く脚を温存した走りが大切であるかを思い知らされました。
と同時に、明日は、いや15分後は、我が身、その兆候がすでに自らの脚にも現れ始めているわけですから・・・。
100歩走って、50歩歩いて・・・を繰り返しながら、千々石集会場チェックポイント7に、何とか到着しました。
しかし、随分と移動速度が遅くなっています。
昨日同様、日差しも強くなり、弱った体に、熱中症も心配になりました。
千々石集会場チェックポイント7、及びエイド22
走行距離 = 163.7km、残距離 = 9.6km
予定時刻10:50、到着時刻11:35
チェックカードにパンチをし、チェックポイント7カ所のすべてのパンチが揃ったチェックカードをウェストポーチにしっかりと収納します。
ぜんざいをいただいて、ゴールを目指して出発です。
何故だか、甘いものを食べると、急に元気になり、胃の調子も良くなってきました。 小浜温泉南本町公民館ゴールまで、残り9.6kmです。
歩いてでも、ゴールできる地点までたどり着きました。 斜面に張り付いているような民家と民家の間の途轍もなく急坂の道を右へ左へと通り抜け、再び旧雲仙軽便鉄道の廃路跡のコースに出ます。
崖にへばりつき、斜面を縫うようにして旧雲仙軽便鉄道の廃路跡が連なっています。
途中にいくつも小さなトンネルが出現します。
車が来ようものなら、離合は難しいような可愛いトンネルです。
Webでは承知していましたが、何ともノスタルジックなコースです。
なるべく直射日光を避けながら、そして、脚をかばいながら、100歩走って、50歩歩いて・・・を繰り返していました。
この頃の心身の状態は、脚をかばいながら、ゴールまでの距離をいかに早く縮めるかということのみに集中し、周りの景色をカメラに記録するような余裕は一切ありませんでした。
そんな、こんな、していると無性に空腹感に陥りました。いわゆるガス欠です。
すべての気力が失せていくようでした。
本大会、エイドが充実しているため、デポジットできる川原いこいの家センターエイドで、不必要と思われる補給食はすべて置いてきました。
手元にあるのは、あめ玉3個ぐらい・・・
と、その時思い出されたものは、有喜老人ホーム裏エイド20(150.0km)でいただいた、カステラ巻です。
ポケットを探ると少し変形したカステラ巻が出てきました。
(帰宅後、装備品を整理しているとバックのポケットより、カステラ巻の包装紙、ガリガリ君の棒、漢方芍薬甘草湯の袋が出ていました。)
一口かじると、糖分に体が素早く反応、かなり走れそうな気分になります。
脳がだまされた瞬間でしょうか?!
その後、この小さなカステラ巻を3度に分けていただき、窮地をしのぐことができました。
有喜老人ホーム裏エイド20のボランティアスタッフさん、ありがとうございました。 国道57号線と合流し、残り3kmになると、見慣れた小浜の町並みが見えてきました。
バスセンター前を通過する時分には、小浜温泉の湯煙が見え始め、いよいよゴールです。
道路沿いの公園で一度顔を洗い、ゴール写真を意識して身なりを整えました。
いよいよ、人生最長の走りとなる173.3kmのゴールです。
もう、走らなくて良いのです。
30時間以上不眠での走りも、もう終わりです
小浜温泉南本町公民館ゴール
走行距離 = 173.3km、残距離 = 0km
予定時刻13:10
13:18:32に、無事完走しました。
実にスタートして、30時間と18分32秒後のゴールでした。 L173のコースは、舗装されている道を進むものの無限と思われる山と坂を上り下りするトレイル状態でした。 ゴールで宮崎出身の本大会の先輩選手でもあり、今回ボランティアスタッフに尽力された森さんに、「お疲れ様でした!!273kmエントリーの権利を得ましたね。また挑戦してくださいね。」と祝福されました・・・
ありがとうございました。
森さんをはじめ、スタッフの方々に感謝いたします。
しかし、あの時は、もう走らんと思いました。
でも不思議なもので、帰路の高速を運転しながら考えていたことは、どうすれば、プラス100kmを走ることができる体力と脚を温存できるか?
また、そのためのトレーニングは? でした。
平成27年の春は、萩往還250km
秋は、橘湾岸スーパーマラニック273kmで決まりです。
ところで、ゴール後は、小浜温泉南本町公民館で、おにぎりや冷や奴をお腹いっぱい食べ、馬鹿みたいに沢山給水したのを覚えています。
その後、デポジットしていた荷物を持って、国民宿舎望洋荘に行き、温泉に浸かりました。
脚の痛みも大変でしたが、温泉に入って分かったことは、パンツの縫い目とお尻が30時間擦れ合い、ヒリヒリすることでした。
脚の腫れは、1週間ほどで引いてきましたが、お尻の擦り傷は、2週間経った今も少しかさぶたが残っています。
次回は、このお尻対策を本気で考える必要があると思いました。
19時に、懇親会(100名を超えていました。)に出席し、ノンアルコールの私は、始めからご飯をいただき、これまた、お腹いっぱい長崎小浜のご馳走を堪能させていただきました。
宿泊を予定していたのですが、諸事情により、お腹いっぱいになったところで懇親会を中座し、宮崎に向けて出発しました。
何時ものように、サービスエリアを梯子し、仮眠と食事を繰り返しながら、翌朝10時頃には、宮崎市に着きました。
5月3日~6日までのゴールデンウィーク4日間を自分の趣味のために使わせてくれた理解ある妻に感謝です。
参加賞のTシャツです。
途中、飯盛経塚エイド19(146.0km)、有喜老人ホーム裏エイド20(150.0km)、唐比温泉エイド21(157.0km)の3つのエイドがあります。 標高150mの飯盛峠香田チェックポイント6(138.8km)を一気に駆け降り、再度、だらだらと標高150mのじゃがいも畑の丘を登って行きます。
これが、あの有名なじゃがいも畑か?!と、初めて目にする風景を楽しみなが進むことができました。
脚がしっかりしていれば、ここを走ると気持ちが良いのだろうなと思いながら、ぼろぼろになった脚をトレランポールで支えながら登って行きました。 この下り坂を終えるとじゃがいも畑ともお別れです。
坂の下に、飯盛経塚エイド19(146.0km)が在りました。
杏仁豆腐をいただきました。
このタイミングの杏仁豆腐は、なんて素晴らしいんだろう!!と思えるようなとても言葉では言い尽くせないような甘みと香りが口いっぱいに広がりました。 この時点で、萩往還の140kmを抜き、これまでの人生で一番長い距離を走ったことになりました。 だらだらと坂道を降って行きます。
それも、裏道ばかりのようです。
それでも、降りは頑張って、走ってみました。 有喜老人ホーム裏エイド20(150.0km)では、長崎風中華ちまきが用意されているようでしたが、このエイドではじめて食欲を感じなくなりました。
疲労がピークに達したのでしょう。また、雨があがり、曇り空もいつの間にかギラギラとした太陽をのぞかせています。
飲み物だけをいただいて、出発しようとすると、カステラ巻を持って行きなさいと渡されました。
お礼を言って、カステラ巻をポケットに押し込んで出発するのですが、この小さなカステラ巻が後々非常食として役立つのでした。
次は、唐比温泉エイド21(157.0km)までの7kmです。 まず、標高110mばかりの丘を登って(また登りです。降りたら登る。この大会の鉄則ですね!!)、林の中の急峻な坂道を降ることになるのですが、とうとう脚がストライキを起こし始めました。
脚が痛くて、前を向いて坂道を降りることができないのです。
後ろ向きで歩いたり、横向きで進んだりと、あの手この手じゃなく、あの脚この脚で、騙し騙し、降って行きました。
もう、平地を走るときでさえ、一大決心をしながら、100歩走って、50歩歩いて・・・などと、数を数えながらでないと脚が動きません。
そんな、こんなで、やっとの思いで、唐比温泉エイド21(157.0km)に到着しました。
ここでは、義務感にも似た思いで素麺を流し込みました。
ゴールまで残り、16.3kmです。
千々石集会場チェックポイント7(163.7km)までは、6.7kmです。
千々石集会場チェックポイント7まで行くと、後は関門フリーとなります。 海岸沿いの平坦な道を走行します。旧雲仙軽便鉄道の廃路跡だそうです。
この頃は、100歩走って、50歩歩いて・・・を繰り返すばかりでした。
それでも、遠くに見えていた千々石の浜が次第に近くなり、後2kmぐらいとなったときでしょうか、一人の選手が廃材に座り込み電話をしています。
「千々石集会場まで、もう少しなんだけれど、脚が動かない。リタイヤします。応援を請う。」とのことでした。
まだ、時刻は11時前です。当然、本部は、千々石集会場まで行けば、後は関門フリーだし、残りの距離も12kmそこそこ。足を引きずりながらでも、17時には、ゴールできそうですので、頑張るように伝えてはいたようですが、脚が動かないとのことで、リタイヤを決めたようです。
そうだよな、たとえ後1kmであろうとも、脚が動かなくなったら、どうしようもないよね。
改めて、いかに最後まで動く脚を温存した走りが大切であるかを思い知らされました。
と同時に、明日は、いや15分後は、我が身、その兆候がすでに自らの脚にも現れ始めているわけですから・・・。
100歩走って、50歩歩いて・・・を繰り返しながら、千々石集会場チェックポイント7に、何とか到着しました。
しかし、随分と移動速度が遅くなっています。
昨日同様、日差しも強くなり、弱った体に、熱中症も心配になりました。
千々石集会場チェックポイント7、及びエイド22
走行距離 = 163.7km、残距離 = 9.6km
予定時刻10:50、到着時刻11:35
チェックカードにパンチをし、チェックポイント7カ所のすべてのパンチが揃ったチェックカードをウェストポーチにしっかりと収納します。
ぜんざいをいただいて、ゴールを目指して出発です。
何故だか、甘いものを食べると、急に元気になり、胃の調子も良くなってきました。 小浜温泉南本町公民館ゴールまで、残り9.6kmです。
歩いてでも、ゴールできる地点までたどり着きました。 斜面に張り付いているような民家と民家の間の途轍もなく急坂の道を右へ左へと通り抜け、再び旧雲仙軽便鉄道の廃路跡のコースに出ます。
崖にへばりつき、斜面を縫うようにして旧雲仙軽便鉄道の廃路跡が連なっています。
途中にいくつも小さなトンネルが出現します。
車が来ようものなら、離合は難しいような可愛いトンネルです。
Webでは承知していましたが、何ともノスタルジックなコースです。
なるべく直射日光を避けながら、そして、脚をかばいながら、100歩走って、50歩歩いて・・・を繰り返していました。
この頃の心身の状態は、脚をかばいながら、ゴールまでの距離をいかに早く縮めるかということのみに集中し、周りの景色をカメラに記録するような余裕は一切ありませんでした。
そんな、こんな、していると無性に空腹感に陥りました。いわゆるガス欠です。
すべての気力が失せていくようでした。
本大会、エイドが充実しているため、デポジットできる川原いこいの家センターエイドで、不必要と思われる補給食はすべて置いてきました。
手元にあるのは、あめ玉3個ぐらい・・・
と、その時思い出されたものは、有喜老人ホーム裏エイド20(150.0km)でいただいた、カステラ巻です。
ポケットを探ると少し変形したカステラ巻が出てきました。
(帰宅後、装備品を整理しているとバックのポケットより、カステラ巻の包装紙、ガリガリ君の棒、漢方芍薬甘草湯の袋が出ていました。)
一口かじると、糖分に体が素早く反応、かなり走れそうな気分になります。
脳がだまされた瞬間でしょうか?!
その後、この小さなカステラ巻を3度に分けていただき、窮地をしのぐことができました。
有喜老人ホーム裏エイド20のボランティアスタッフさん、ありがとうございました。 国道57号線と合流し、残り3kmになると、見慣れた小浜の町並みが見えてきました。
バスセンター前を通過する時分には、小浜温泉の湯煙が見え始め、いよいよゴールです。
道路沿いの公園で一度顔を洗い、ゴール写真を意識して身なりを整えました。
いよいよ、人生最長の走りとなる173.3kmのゴールです。
もう、走らなくて良いのです。
30時間以上不眠での走りも、もう終わりです
小浜温泉南本町公民館ゴール
走行距離 = 173.3km、残距離 = 0km
予定時刻13:10
13:18:32に、無事完走しました。
実にスタートして、30時間と18分32秒後のゴールでした。 L173のコースは、舗装されている道を進むものの無限と思われる山と坂を上り下りするトレイル状態でした。 ゴールで宮崎出身の本大会の先輩選手でもあり、今回ボランティアスタッフに尽力された森さんに、「お疲れ様でした!!273kmエントリーの権利を得ましたね。また挑戦してくださいね。」と祝福されました・・・
ありがとうございました。
森さんをはじめ、スタッフの方々に感謝いたします。
しかし、あの時は、もう走らんと思いました。
でも不思議なもので、帰路の高速を運転しながら考えていたことは、どうすれば、プラス100kmを走ることができる体力と脚を温存できるか?
また、そのためのトレーニングは? でした。
平成27年の春は、萩往還250km
秋は、橘湾岸スーパーマラニック273kmで決まりです。
ところで、ゴール後は、小浜温泉南本町公民館で、おにぎりや冷や奴をお腹いっぱい食べ、馬鹿みたいに沢山給水したのを覚えています。
その後、デポジットしていた荷物を持って、国民宿舎望洋荘に行き、温泉に浸かりました。
脚の痛みも大変でしたが、温泉に入って分かったことは、パンツの縫い目とお尻が30時間擦れ合い、ヒリヒリすることでした。
脚の腫れは、1週間ほどで引いてきましたが、お尻の擦り傷は、2週間経った今も少しかさぶたが残っています。
次回は、このお尻対策を本気で考える必要があると思いました。
19時に、懇親会(100名を超えていました。)に出席し、ノンアルコールの私は、始めからご飯をいただき、これまた、お腹いっぱい長崎小浜のご馳走を堪能させていただきました。
宿泊を予定していたのですが、諸事情により、お腹いっぱいになったところで懇親会を中座し、宮崎に向けて出発しました。
何時ものように、サービスエリアを梯子し、仮眠と食事を繰り返しながら、翌朝10時頃には、宮崎市に着きました。
5月3日~6日までのゴールデンウィーク4日間を自分の趣味のために使わせてくれた理解ある妻に感謝です。
参加賞のTシャツです。
2014長崎橘湾岸スーパーマラニック春のL173(完走記7)
次は、茂木支所チェックポイント5(116.8km)から、22.0km先の飯盛峠香田チェックポイント6(138.8km)です。
途中、山川河内橋エイド16(124.4km:無人エイド)と網場日見公園エイド17(130.0km)の2つのエイドがあります。
また、本コースは、70m及び130mの丘を中心に、小刻みのアップダウンを繰り返しながら、一旦海岸沿いまで降り、最後に標高150mの飯盛峠まで登るコースになります。 茂木支所チェックポイント5(116.8km)を出発したのが、3時前でしたので、まだ真夜中。
脚は、すでにぼろぼろの状態でしたが、幸か不幸か、無意識状態(ある種のランニングハイ)のまま進んでいたような気がします。
山川河内橋エイド16(124.4km:無人エイド)の記憶はありません。 空が白々とし「夜が明けだしたな。何とかリタイヤする気持ちを押さえ、朝を迎えることができたな。」などと思いながら進んでいくと、目の前に網場日見公園エイド17(130.0km)が在ったような雰囲気でした。 網場日見公園エイド17(130.0km)では、豚汁とおにぎりをいただきました。
なんだか、別世界より、この世に生き返ったような気分でした。 しかし、まだ無意識状態(ある種のランニングハイ)から目覚めていないようで、記録写真を撮ることを忘れていますし、本エイドからのスタートを真反対に進もうとし、ボランティアスタッフさんに、方角を正されてしまいました。
ありがとうございます。あのまま進んでいたら・・・と思うとぞっとします。 網場日見公園エイド17(130.0km)から、飯盛峠香田チェックポイント6(138.8km)までの8.8kmも、厳しいコースでした。
トレランポールを頼りに、黙々と登っていたようです。と言うより何も考えることができなかったと言うのが正解かもしれません。
ただ、妙なことを覚えています。それは、網場日見公園エイドと飯盛峠香田チェックポイント6の間の在るはずのない幻の中間地点のエイドを求めて、進んでいたことです。
坂道を登りながら、まず、中間エイドまで頑張ろう。そして、一休みして、頂上まで頑張ろう。と必死に自分自身に言い聞かせながら登っていたような気がします。 ですから、飯盛峠香田チェックポイント6(138.8km)を目の前にしたときは、てっきり、その中間エイドだと思いました。でも、そうではなく、飯盛峠香田チェックポイント6だと知ったときは、狐につままれたような妙な気分というか、一気に、飯盛峠香田チェックポイント6に到着しており、得した気分というか不思議な気持ちで一杯でした。
きっと、まだ無意識状態(ある種のランニングハイ)を引きずっていたのでしょう。心身ともに疲れ果てたとき、人はこの無意識状態(ある種のランニングハイ)により、心身を保護するのかな?と後になって思っています。 飯盛峠香田チェックポイント6及びエイド18
走行距離 = 138.8km、残距離 = 34.5km
予定時刻 6:40、到着時刻 6:55
フル、3回分以上走りました。
残りは、フル1回分もありません。
故障さえしなければ・・・、ゴールが見えてきた瞬間でした。 ボランティアスタッフさんに、写真を撮っていただきました。
とても100km以上走って疲れた人の顔には見えなく、結構しっかりしたというか、穏やかな?顔をしているので自分でもびっくりです。
これも無意識状態(ある種のランニングハイ)の影響?・・・
また、雨が降りだしました。暑いよりは、ましだと思いました。
すっかり明るくなったので、ここで、交通安全のために身に付けていた萩往還のピカピカバッチ4個を収納しました。
ヘッドランプは、網場日見公園エイド17(130.0km)で収納したような気がします。
そう言えば、この時、エイド近くの地面に空き缶のふたのようなものが落ちており、それを、どう見違えたのか他の選手が落とした萩往還のピカピカバッチだと信じ込み、ボランティアスタッフさんに、しきりと拾うように懇願し、ゴミを拾わせたエピソードを思い出しました。
やっぱ、尋常でなかったようですね。きっと、無意識状態(ある種のランニングハイ)だったのでしょう。
途中、山川河内橋エイド16(124.4km:無人エイド)と網場日見公園エイド17(130.0km)の2つのエイドがあります。
また、本コースは、70m及び130mの丘を中心に、小刻みのアップダウンを繰り返しながら、一旦海岸沿いまで降り、最後に標高150mの飯盛峠まで登るコースになります。 茂木支所チェックポイント5(116.8km)を出発したのが、3時前でしたので、まだ真夜中。
脚は、すでにぼろぼろの状態でしたが、幸か不幸か、無意識状態(ある種のランニングハイ)のまま進んでいたような気がします。
山川河内橋エイド16(124.4km:無人エイド)の記憶はありません。 空が白々とし「夜が明けだしたな。何とかリタイヤする気持ちを押さえ、朝を迎えることができたな。」などと思いながら進んでいくと、目の前に網場日見公園エイド17(130.0km)が在ったような雰囲気でした。 網場日見公園エイド17(130.0km)では、豚汁とおにぎりをいただきました。
なんだか、別世界より、この世に生き返ったような気分でした。 しかし、まだ無意識状態(ある種のランニングハイ)から目覚めていないようで、記録写真を撮ることを忘れていますし、本エイドからのスタートを真反対に進もうとし、ボランティアスタッフさんに、方角を正されてしまいました。
ありがとうございます。あのまま進んでいたら・・・と思うとぞっとします。 網場日見公園エイド17(130.0km)から、飯盛峠香田チェックポイント6(138.8km)までの8.8kmも、厳しいコースでした。
トレランポールを頼りに、黙々と登っていたようです。と言うより何も考えることができなかったと言うのが正解かもしれません。
ただ、妙なことを覚えています。それは、網場日見公園エイドと飯盛峠香田チェックポイント6の間の在るはずのない幻の中間地点のエイドを求めて、進んでいたことです。
坂道を登りながら、まず、中間エイドまで頑張ろう。そして、一休みして、頂上まで頑張ろう。と必死に自分自身に言い聞かせながら登っていたような気がします。 ですから、飯盛峠香田チェックポイント6(138.8km)を目の前にしたときは、てっきり、その中間エイドだと思いました。でも、そうではなく、飯盛峠香田チェックポイント6だと知ったときは、狐につままれたような妙な気分というか、一気に、飯盛峠香田チェックポイント6に到着しており、得した気分というか不思議な気持ちで一杯でした。
きっと、まだ無意識状態(ある種のランニングハイ)を引きずっていたのでしょう。心身ともに疲れ果てたとき、人はこの無意識状態(ある種のランニングハイ)により、心身を保護するのかな?と後になって思っています。 飯盛峠香田チェックポイント6及びエイド18
走行距離 = 138.8km、残距離 = 34.5km
予定時刻 6:40、到着時刻 6:55
フル、3回分以上走りました。
残りは、フル1回分もありません。
故障さえしなければ・・・、ゴールが見えてきた瞬間でした。 ボランティアスタッフさんに、写真を撮っていただきました。
とても100km以上走って疲れた人の顔には見えなく、結構しっかりしたというか、穏やかな?顔をしているので自分でもびっくりです。
これも無意識状態(ある種のランニングハイ)の影響?・・・
また、雨が降りだしました。暑いよりは、ましだと思いました。
すっかり明るくなったので、ここで、交通安全のために身に付けていた萩往還のピカピカバッチ4個を収納しました。
ヘッドランプは、網場日見公園エイド17(130.0km)で収納したような気がします。
そう言えば、この時、エイド近くの地面に空き缶のふたのようなものが落ちており、それを、どう見違えたのか他の選手が落とした萩往還のピカピカバッチだと信じ込み、ボランティアスタッフさんに、しきりと拾うように懇願し、ゴミを拾わせたエピソードを思い出しました。
やっぱ、尋常でなかったようですね。きっと、無意識状態(ある種のランニングハイ)だったのでしょう。
2014年5月18日日曜日
2014長崎橘湾岸スーパーマラニック春のL173(完走記6)
川原老人の家拠点エイド12(98.3km)の畳の部屋で、横になり休息をとったものの、どのように寝ても足腰の筋肉がこわばり、横になっていると余計に悪化しそうになるので、5分もせずに出発することにしました。
玄関でシューズを履こうとすると、これがまた大変。おかしな話、腰をかがめるのも、縁台に腰掛けるのも、一大決心をしながらの動作となります。やっとの思いでシューズを履きお礼を告げ、川原老人の家拠点エイド12(98.3km)を24時前に出発しました。
コースの半分は、消化したものの、まだ100kmの壁は越えていません。
とりあえず、100km超えを行い、18.5km先の茂木支所チェックポイント5(116.8km)を目指します。
途中、千々バス停エイド13(105.8km)及び宮槢海水浴場エイド14(112.2km)の2つの無人エイドがあります。
また、本コース上には、大まかに標高150m、120m、60m程度の3つの丘があり、これらを越えて行くことになります。 為石から茂木までの県道34号線は、枇杷畑が延々と続き枇杷ロードとも呼ばれているそうであるが、ほぼ暗闇をヘッドランプひとつで進むため、その風景を楽しむことはできませんでした。 実を言うと、この辺りの走りは、あまり覚えていないのです。
真っ暗闇の中、同じようなアップダウンを何度となく繰り返し、ぐるぐると同じ場所を回っているように感じました。
途中、雨が降ってきて、ライトウィンドブレーカーを羽織ったけれど、直ぐに小降りとなり、ライトウィンドブレーカーを収納したのもこの区間のような気がします。
千々バス停エイド13(105.8km)のことは、何となく覚えているのですが、宮槢海水浴場エイド14(112.2km)の記憶はありません。
良く分からないうちに、気付いたときには、茂木支所チェックポイント5(116.8km)だったように思います。
闇と睡魔と単調な走りと心身の疲れが無意識状態(ある種のランニングハイ)を起こし、一気に茂木支所チェックポイント5(116.8km)までワープさせたような変な雰囲気でした。
いずれにしろ、結果オーライでした。 茂木支所チェックポイント5及びエイド15
走行距離 = 116.8km、残距離 = 56.5km
予定時刻 3:00、到着時刻 2:50
関門 8:30
貯金がほとんどなくなりました。
脚がボロボロです。
中華粥をいただきました。トッピングが沢山あり、いろいろ入れて楽しみました。
ここで、GPSウォッチのバトンタッチです。
スタートから、ここまでのGPSログをエプソンのGPSウォッチSF-710Sで記録しました。
ここからは、エプソンのGPSウォッチSS-500Rにバトンタッチして記録しました。
玄関でシューズを履こうとすると、これがまた大変。おかしな話、腰をかがめるのも、縁台に腰掛けるのも、一大決心をしながらの動作となります。やっとの思いでシューズを履きお礼を告げ、川原老人の家拠点エイド12(98.3km)を24時前に出発しました。
コースの半分は、消化したものの、まだ100kmの壁は越えていません。
とりあえず、100km超えを行い、18.5km先の茂木支所チェックポイント5(116.8km)を目指します。
途中、千々バス停エイド13(105.8km)及び宮槢海水浴場エイド14(112.2km)の2つの無人エイドがあります。
また、本コース上には、大まかに標高150m、120m、60m程度の3つの丘があり、これらを越えて行くことになります。 為石から茂木までの県道34号線は、枇杷畑が延々と続き枇杷ロードとも呼ばれているそうであるが、ほぼ暗闇をヘッドランプひとつで進むため、その風景を楽しむことはできませんでした。 実を言うと、この辺りの走りは、あまり覚えていないのです。
真っ暗闇の中、同じようなアップダウンを何度となく繰り返し、ぐるぐると同じ場所を回っているように感じました。
途中、雨が降ってきて、ライトウィンドブレーカーを羽織ったけれど、直ぐに小降りとなり、ライトウィンドブレーカーを収納したのもこの区間のような気がします。
千々バス停エイド13(105.8km)のことは、何となく覚えているのですが、宮槢海水浴場エイド14(112.2km)の記憶はありません。
良く分からないうちに、気付いたときには、茂木支所チェックポイント5(116.8km)だったように思います。
闇と睡魔と単調な走りと心身の疲れが無意識状態(ある種のランニングハイ)を起こし、一気に茂木支所チェックポイント5(116.8km)までワープさせたような変な雰囲気でした。
いずれにしろ、結果オーライでした。 茂木支所チェックポイント5及びエイド15
走行距離 = 116.8km、残距離 = 56.5km
予定時刻 3:00、到着時刻 2:50
関門 8:30
貯金がほとんどなくなりました。
脚がボロボロです。
中華粥をいただきました。トッピングが沢山あり、いろいろ入れて楽しみました。
ここで、GPSウォッチのバトンタッチです。
スタートから、ここまでのGPSログをエプソンのGPSウォッチSF-710Sで記録しました。
ここからは、エプソンのGPSウォッチSS-500Rにバトンタッチして記録しました。
2014長崎橘湾岸スーパーマラニック春のL173(完走記5)
樺島公民館エイド10(83.8km)から、川原老人の家拠点エイド12(98.3km)までは14.5kmです。
まずは、8.3km先の自転車道入口エイド11(92.1km)を目指します。
樺島公民館エイド10で、カレーをいただき、少々休養したので、次の川原老人の家拠点エイド12(98.3km)に行き、100km超えだけはしなくてはなどと気持ちを新たにしてスタートしました。
21:00をまわり、お店も閉まり、辺りは真っ暗で、潮騒の音だけが聞こえてきます。
4kmぐらい進み脇岬港を過ぎる頃になると、急峻な登り坂が現れます。
またですか、と思いながら、トレランポールを頼りにズンズンと登って行きます。
途中、男女4名程度のグループを追い越し、ある種の優越感に浸りながら登って行きます。
道路の側溝には、ふたがなく、「側溝に注意してください!!」とのスタート時の注意事項は、これのことだななどと思いながら進みました。
樹木の切れ目毎に、潮騒の音が聞こえてきます。
その音は、歩みを進める毎に、低い位置から聞こえてきます。
真っ暗で、位置を確認するような指標もなく、聞こえてくる潮騒の音を頼りに、ただ漠然と、随分と高いところまで登ってきたのだろうなと思いながら進みました。
以前、旅行でこの道を通ってサザンパーク亜熱帯植物園に行ったことを思い出していました。
サザンパークの入口への右側に降る道まで来れば、標高260mの峠を越えるこのコースも中間地点、自転車道入口エイド11も直ぐそばにあるはず。
などと、考えていると、右側に降る道を発見。
「この登りも、後半分だね。」と自分に言い聞かせ、トレランポールを頼りに先を急ぎます。
しかし、登っても登っても、また登り。あのカーブの先は降りのはずとの希望的観測はすべて打ち砕かれ、また登り。
そうこうしているうちに、亜熱帯植物園への入口看板が目の前に出現。
先ほどの右側に降る道は、亜熱帯植物園への入口ではなく、目の前の道が本物なのです。
つまり、今やっと半分。
心が折れた瞬間です。
そういえば、スタート時の注意事項で「リタイヤは、真夜中の、この辺りで続出します。」と言っていました。
また、「辺りが明るくなる朝まで持ちこたえれば、リタイヤから脱出できます。」とも言っていました。
まだ、22時頃でしょうか、朝日が見え始めるまで6時間以上ありそうです。
泣きそうになる気持ちを抑えて、ただ登るのみの時間が過ぎました。 潮騒が、かなり遠くから聞こえだし、辺りが開けて来ました。
今度は、間違いなく、多分、峠でしょう。
少し降りかけたところに、無人のエイドがありました。
コーラを少しいただいて、6.2km先の川原老人の家拠点エイド12(98.3km)を目指します。 基本的には降り坂なので、脚へのダメージを考慮しながらも、現在の自分の体力では降りでしかスピードを出せる区間はないので駆け降りることにしました。
登った分、降ります。
不思議と脚は、もってくれました。
以前、本大会のP100km部門に出場したときは、脚を傷め、眉山ロード及び雲仙の下り坂が思うように走れなく、歩くしかなかったことを思い出し、強くなったものだと我ながら感心し、調子超えて駆け降りました。
暫くすると右側に大池が見え始め、街の明かりが見え始めました。
川原老人の家拠点エイド12(98.3km)までは、もう少しです。
川原老人の家拠点エイド12
走行距離 = 98.3km、残距離 = 75km
予定時刻23:50、到着時刻23:25
関門 4:00、着替・休憩地
大根すりをたっぷり入れて、水餃子をいただきました。おいしかったです。
100kmを17時間近く走り続けている割には、胃が食べ物を受け付けなくなるような事態になっていないことは幸いでした。
フルーツをいただきながら、話をしているとどうやら天候が降ってきており、ひょっとしたら土砂降りになるかもしれないとの話になりました。
本エイドは、シューズを脱いであがらなくてはならなかったのですが、これが一苦労。
腰をかがめて、シューズを脱ごうとすると、あちらこちららの筋肉が悲鳴をあげるは、太ももとふくらはぎの痙攣を誘発しそうになるはで・・・
食事と情報収集が終わった後、デポジットしていた荷物から、栄養ドリンクを取り出して飲み干し、少しでも体の負担を減らすためにバックの中身のほとんどをデポジットに移し替えました。
着替えは、予定通り行いませんでした。
雨情報で、雨合羽について少し悩みましたが、ライトウィンドブレーカー2枚で対応することにして、雨合羽や予備のヘッドライトもすべてデポジットに納めました。
また、せっかく、シューズを脱いだので、畳の部屋で、12時まで休んで再スタートすることにしました。
21:00をまわり、お店も閉まり、辺りは真っ暗で、潮騒の音だけが聞こえてきます。
4kmぐらい進み脇岬港を過ぎる頃になると、急峻な登り坂が現れます。
またですか、と思いながら、トレランポールを頼りにズンズンと登って行きます。
途中、男女4名程度のグループを追い越し、ある種の優越感に浸りながら登って行きます。
道路の側溝には、ふたがなく、「側溝に注意してください!!」とのスタート時の注意事項は、これのことだななどと思いながら進みました。
樹木の切れ目毎に、潮騒の音が聞こえてきます。
その音は、歩みを進める毎に、低い位置から聞こえてきます。
真っ暗で、位置を確認するような指標もなく、聞こえてくる潮騒の音を頼りに、ただ漠然と、随分と高いところまで登ってきたのだろうなと思いながら進みました。
以前、旅行でこの道を通ってサザンパーク亜熱帯植物園に行ったことを思い出していました。
サザンパークの入口への右側に降る道まで来れば、標高260mの峠を越えるこのコースも中間地点、自転車道入口エイド11も直ぐそばにあるはず。
などと、考えていると、右側に降る道を発見。
「この登りも、後半分だね。」と自分に言い聞かせ、トレランポールを頼りに先を急ぎます。
しかし、登っても登っても、また登り。あのカーブの先は降りのはずとの希望的観測はすべて打ち砕かれ、また登り。
そうこうしているうちに、亜熱帯植物園への入口看板が目の前に出現。
先ほどの右側に降る道は、亜熱帯植物園への入口ではなく、目の前の道が本物なのです。
つまり、今やっと半分。
心が折れた瞬間です。
そういえば、スタート時の注意事項で「リタイヤは、真夜中の、この辺りで続出します。」と言っていました。
また、「辺りが明るくなる朝まで持ちこたえれば、リタイヤから脱出できます。」とも言っていました。
まだ、22時頃でしょうか、朝日が見え始めるまで6時間以上ありそうです。
泣きそうになる気持ちを抑えて、ただ登るのみの時間が過ぎました。 潮騒が、かなり遠くから聞こえだし、辺りが開けて来ました。
今度は、間違いなく、多分、峠でしょう。
少し降りかけたところに、無人のエイドがありました。
コーラを少しいただいて、6.2km先の川原老人の家拠点エイド12(98.3km)を目指します。 基本的には降り坂なので、脚へのダメージを考慮しながらも、現在の自分の体力では降りでしかスピードを出せる区間はないので駆け降りることにしました。
登った分、降ります。
不思議と脚は、もってくれました。
以前、本大会のP100km部門に出場したときは、脚を傷め、眉山ロード及び雲仙の下り坂が思うように走れなく、歩くしかなかったことを思い出し、強くなったものだと我ながら感心し、調子超えて駆け降りました。
暫くすると右側に大池が見え始め、街の明かりが見え始めました。
川原老人の家拠点エイド12(98.3km)までは、もう少しです。
川原老人の家拠点エイド12
走行距離 = 98.3km、残距離 = 75km
予定時刻23:50、到着時刻23:25
関門 4:00、着替・休憩地
大根すりをたっぷり入れて、水餃子をいただきました。おいしかったです。
100kmを17時間近く走り続けている割には、胃が食べ物を受け付けなくなるような事態になっていないことは幸いでした。
フルーツをいただきながら、話をしているとどうやら天候が降ってきており、ひょっとしたら土砂降りになるかもしれないとの話になりました。
本エイドは、シューズを脱いであがらなくてはならなかったのですが、これが一苦労。
腰をかがめて、シューズを脱ごうとすると、あちらこちららの筋肉が悲鳴をあげるは、太ももとふくらはぎの痙攣を誘発しそうになるはで・・・
食事と情報収集が終わった後、デポジットしていた荷物から、栄養ドリンクを取り出して飲み干し、少しでも体の負担を減らすためにバックの中身のほとんどをデポジットに移し替えました。
着替えは、予定通り行いませんでした。
雨情報で、雨合羽について少し悩みましたが、ライトウィンドブレーカー2枚で対応することにして、雨合羽や予備のヘッドライトもすべてデポジットに納めました。
また、せっかく、シューズを脱いだので、畳の部屋で、12時まで休んで再スタートすることにしました。
2014年5月17日土曜日
2014長崎橘湾岸スーパーマラニック春のL173(完走記4)
権現山山頂チェックポイント3(70.0km)から、次の樺島灯台チェックポイント4(80.7km)までは、10.7kmです。
目標到達時刻は、20:40です。 権現山の急峻な山道を、転げ落ちるように駆け降りました。
くだりをこんな風に降りると、脚を傷めそうですが、権現山エイドでいただいた漢方芍薬甘草湯が効いたのか、下手にブレーキをかけ脚に負担をかけることなく、一気に海岸までたどり着きました。 樺島灯台チェックポイント4までの距離は、残り8kmは切っていたでしょう。
しかし、野母崎の海岸から見える対岸に横たわる樺島の岬の途方もない大きさに、とてもあそこまで辿り着けそうには思えず、また、レースは、残り100km以上、半分も終わっていないのです。
無謀な大会に参加してしまったことに今更ながら気付き少々心が折れてしまいました。 それでも、歩みを止めなければ必ずゴールするはずだと自分に言い聞かせ早歩きで先を急ぎます。
樺島大橋を渡る頃には、陽が沈み始めました。
時間はかかりましたが、とても辿り着けそうに思えなかった樺島に到着です。
樺島漁港の先でボランティアスタッフさんが、樺島灯台への登り坂への入口を案内をしてくださいました。
辺りは、薄暗くなってきています。このままでは、山道の途中で真っ暗になりそうです。そこで、ここでヘッドランプを装着しました。
いよいよ、樺島灯台までの3km弱のアップダウンの山道に入ります。
陽がすっかり落ち、真っ暗になった山道を懸命に登って行きます。
昼間と違って、日差しによる暑さがないことが唯一の救いでした。
時折、先行して折り返してくる選手と出会い、軽く声をかけながら先を急ぎます。
遙か先に、灯台の光がサーチライトの様に定期的に回っている様子が観察されます。
目標は、確認できました。しかし、アップダウンを幾度となく繰り返し、角を回るたびに確認するも灯台の光は一向に近づいては来ません。
真っ暗の山の中、進むしかなく、仕方なく義務感のような思いで歩みを進めます。
無限大と思われるようなアップダウンを繰り返しながら、樺島灯台チェックポイント4に到着です。
走行距離 = 80.7km、残距離 = 92.6km
予定時刻20:40、到着時刻 20:04
嬉しい!やった!と言うような達成感より、腹減った!!と言うのが実感でした。
樺島灯台のエイドでは、フルーツとスポーツドリンクをいただいて、カレーがいただける樺島公民館エイド10を目指します。
山道の木陰から、ちらちらとした光が近づき、やがて大きくなります。往路の選手のヘッドランプです。互いの健闘を祈り、エールを交換し、すれ違います。また、辺りは真っ暗になります。照明器具がなければ、とても走れるようなところではありませし、普通走らんでしょう。
アップダウンが続く復路ですが、基本的にはくだりですので、ほぼ一気に駆け降りることができました。
樺島公民館エイド10
走行距離 = 83.8km、残距離 = 89.5km
予定時刻21:20、到着時刻20:52 二分の一地点、フルマラソン 2本分走りました。
スパイスのきいたカレーがおいしかったです。
お刺身や果物も沢山ありました。
また、他の選手の応援に駆けつけていた方から、日向夏のお裾分けもいただきました。
こんなところで、宮崎の果物に出会えるとは思いませんでした。温かな心遣いと、口いっぱいに広がる日向夏の香りとジューシーさで精気がみなぎってくるのがよく分かりました。
居心地が良く20分くらいレストしたように思います。
目標到達時刻は、20:40です。 権現山の急峻な山道を、転げ落ちるように駆け降りました。
くだりをこんな風に降りると、脚を傷めそうですが、権現山エイドでいただいた漢方芍薬甘草湯が効いたのか、下手にブレーキをかけ脚に負担をかけることなく、一気に海岸までたどり着きました。 樺島灯台チェックポイント4までの距離は、残り8kmは切っていたでしょう。
しかし、野母崎の海岸から見える対岸に横たわる樺島の岬の途方もない大きさに、とてもあそこまで辿り着けそうには思えず、また、レースは、残り100km以上、半分も終わっていないのです。
無謀な大会に参加してしまったことに今更ながら気付き少々心が折れてしまいました。 それでも、歩みを止めなければ必ずゴールするはずだと自分に言い聞かせ早歩きで先を急ぎます。
樺島大橋を渡る頃には、陽が沈み始めました。
時間はかかりましたが、とても辿り着けそうに思えなかった樺島に到着です。
樺島漁港の先でボランティアスタッフさんが、樺島灯台への登り坂への入口を案内をしてくださいました。
辺りは、薄暗くなってきています。このままでは、山道の途中で真っ暗になりそうです。そこで、ここでヘッドランプを装着しました。
いよいよ、樺島灯台までの3km弱のアップダウンの山道に入ります。
陽がすっかり落ち、真っ暗になった山道を懸命に登って行きます。
昼間と違って、日差しによる暑さがないことが唯一の救いでした。
時折、先行して折り返してくる選手と出会い、軽く声をかけながら先を急ぎます。
遙か先に、灯台の光がサーチライトの様に定期的に回っている様子が観察されます。
目標は、確認できました。しかし、アップダウンを幾度となく繰り返し、角を回るたびに確認するも灯台の光は一向に近づいては来ません。
真っ暗の山の中、進むしかなく、仕方なく義務感のような思いで歩みを進めます。
無限大と思われるようなアップダウンを繰り返しながら、樺島灯台チェックポイント4に到着です。
走行距離 = 80.7km、残距離 = 92.6km
予定時刻20:40、到着時刻 20:04
嬉しい!やった!と言うような達成感より、腹減った!!と言うのが実感でした。
樺島灯台のエイドでは、フルーツとスポーツドリンクをいただいて、カレーがいただける樺島公民館エイド10を目指します。
山道の木陰から、ちらちらとした光が近づき、やがて大きくなります。往路の選手のヘッドランプです。互いの健闘を祈り、エールを交換し、すれ違います。また、辺りは真っ暗になります。照明器具がなければ、とても走れるようなところではありませし、普通走らんでしょう。
アップダウンが続く復路ですが、基本的にはくだりですので、ほぼ一気に駆け降りることができました。
樺島公民館エイド10
走行距離 = 83.8km、残距離 = 89.5km
予定時刻21:20、到着時刻20:52 二分の一地点、フルマラソン 2本分走りました。
スパイスのきいたカレーがおいしかったです。
お刺身や果物も沢山ありました。
また、他の選手の応援に駆けつけていた方から、日向夏のお裾分けもいただきました。
こんなところで、宮崎の果物に出会えるとは思いませんでした。温かな心遣いと、口いっぱいに広がる日向夏の香りとジューシーさで精気がみなぎってくるのがよく分かりました。
居心地が良く20分くらいレストしたように思います。
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